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2018年 03月 13日 ( 1 )
あの日は、
11日に、
東日本大震災から7年が経ちました。


あの日私は1人で東京の自宅にいて、揺れはじめた時はよくある地震かなと思ったけれど、急に長く激しく揺れて慌てて机の下に入り、怖くて手が震えました。



外に出て駅まで様子を見に行くとJRは運行停止し、バス停には長蛇の列ができていて、
1時間ほどで携帯も繋がらなくなって、町の緊急アナウンスもないので外には情報がないことがわかり、
仕方なく家に戻り、
テレビやラジオで情報を得ることにしました。


地震の時はさすがにうろたえたけど、
外で銀行に寄り、帰ってからライフラインが繋がらなくなると困るので、すぐにご飯を炊いてお風呂の水をはり、こういう時の自分が意外と冷静なのだなと思いつつ、


京都の実家や、家人、友人と安否の連絡を取り合って、でも携帯は繋がらないまま夜に。



そのうち緊急事態を告げるテレビやラジオを1人で見聞きするのが怖くなって見るのをやめ
心を落ち着けるために音楽を聴きながら作業をして過ごしました。




なので東北が大変な状態になっていることや、全容を知るのは少しあとのことでした。



被災地の様子に衝撃をうけ、家族や大切な人を失った方々が悲しくて、
当時は長年住んだ東京が見たことのない状態になり、
余震や原発の不安で混乱したことを思い出します。



あれから7年が経って、
今も悲しみや苦しみを持ちつつ頑張ってらっしゃる方を知ると逆に励まされ、
私も失ったものや得たものがありつつ、
頑張っていこうと思います。



あの時から自宅マンションのエレベーターに乗るときも必ず携帯を持ったり、出かける時は水を持つようになりました。



今は当たり前になってしまって忘れてるけど、
普通の暮らしが出来ることに感謝です。



そして、ちゃんと元気に生きよう!
と思います。

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by yasuyo-yan | 2018-03-13 11:16 | Trackback